2019年の流行語大賞に“全裸監督”と“表現の不自由”は、なぜノミネートすらされなかったのだろうか。自粛、忖度がはびこり、“表現の不自由”な国となった日本において、Netflixオリジナルドラマ『全裸監督』は黒船級のインパクトを与えた(参照記事)。業界の常識にとらわれずに、裏本やAVの世界でのし上がっていく村西とおるのギラギラとした生き様が、山田孝之の熱演を介してパソコン画面から伝わってきた。
村西がAV界で成功を収め、絶頂期を迎えたところで、Netflixオリジナルドラマ『全裸監督』全8話は終わりを迎えた。村西が率いたビデオメーカー「ダイヤモンド映像」は、年収100億円を稼ぎ出したという。だが、それだけでは、村西とおる伝説のごく一部分にしか触れていないことになる。バブル経済が弾け、「ダイヤモンド映像」は倒産。「空からスケベが降ってくる」をキャッチフレーズに、衛星放送事業に手を出した村西には多額の負債が残った。借金総額は50億円。年収100億円から借金50億円生活へ。ものすごい落差だ。
バブル崩壊後、多くの人が借金に追われて失踪し、命を絶った。ドラマの原作となった『全裸監督 村西とおる伝』(太田出版)には、村西も闇金に手を出し、自殺を強要されたことが記されている。死の淵を何度も覗くことになった村西だが、それでも彼は今も生きている。ドキュメンタリー映画『M 村西とおる 狂熱の日々』には、そんな村西が借金まみれになりながらも懸命に再起をはかる姿が記録されている。
本作のベースとなっているのは、あるVシネマのお蔵入り状態となっていたメイキング映像だ。1996年8月。借金50億円を抱え、どん底状態にあった村西は起死回生を狙って、北海道へと旅立つ。業界初となるDVDでの上映時間4時間をこえる超大作Vシネマをロケ撮影し、同時に35本のヘアヌードビデオを撮ろうとする。撮影期間は2週間。このときの様子を追ったメイキング映像は、ベータテープで120本にも及んだ。この未公開映像を編集し、2017年時の村西へのインタビューなどを新たに加えて、構成したものとなっている。
村西は夏の北海道が大好きだった。北国の夏はとても短いが、そんなはかなさを村西は愛していた。また、北海道は村西が「北大神田書店」という裏本の販売網をつくって村西伝説の第一章を生み出した出発点でもある。思い入れの強い北海道での復活を、村西は考えていた。
北海道の広々とした大草原を、40人近い全裸の女の子たちが列をつくって歩き、馬跳びをし、童謡を合唱する。異様な光景である。しかも、ヘアヌードビデオの撮影と同時に、超大作Vシネマも監督しなくてはならない。だが、脚本はまだ白紙状態。あまりにも無謀な強行軍だった。
おそらく、絶頂期の村西だったら、こんな無茶なスケジュールでも乗り切ってみせただろう。才能とパワーみなぎる村西のもとには、知性と淫乱さのギャップが魅力だった黒木香、巨乳ブームを巻き起こした松坂季実子、メガネ美女の野坂なつみ、アイドル級のルックスを誇った桜樹ルイ……といった逸材が次々と集まった。だが、今回の北海道ロケのために掻き集められたヌードモデルたちは、どうもパッとしない。現場が寒々しいのは、北海道の気候のせいだけではなかった。
撮影現場の雰囲気は最悪だった。全裸姿で草原を歩かせられていたモデルたちは、プロ意識が薄く、撮影スケジュールがグダグダなことに文句をつける。黒木香は「圧倒的な才能には屈服するしかありません」と村西のことを評したが、以前のような神通力は村西から失われている。Vシネマの脚本がまとらず、徹夜続きだった村西はブチ切れてしまう。撮影現場だけでなく、宿泊先のホテルにも気まずい空気が流れる。結局、村西の気に入らないモデルたちは退場を命じられる。そのことからスタッフ間にも亀裂が生じ、現場のテンションはますます下がっていく。まさに泥沼状態、負のスパイラルだった。
ヘアヌードビデオの撮影がうまく進まず、Vシネマもトラブルが続出する。クランクイン直前になって、男優の配役が入れ替わり、メインキャストから外された男優は東京へ帰ると言い出す。撮影本番では女優の直前で止まるはずだった劇車のブレーキが効かず、女優を轢いてしまう大アクシデントに見舞われる。現場はもうトラブルの連続。それでも村西はカメラを回すことを諦めようとしない。
ヌードモデルたちを引き連れた村西は、人里離れた渓流を登っていく。このシーンで流れるBGMは、ワーグナー作曲「ワルキューレの騎行」だ。村西が『地獄の黙示録』(79)のカーツ大佐(マーロン・ブランド)に思えてくる。どんなにボロボロの落ち目のAV監督でも、村西はこのヘアヌードビデオとVシネマの撮影現場を仕切る最高責任者であり、絶対的な権力を持つ王さまなのだ。王さまに逆らう者は容赦なく、王国から追放される。でも、体を張って王国のために尽くす女の子には、王さまは優しい言葉でねぎらうことを忘れない。Vシネマの撮影では、村西はアイパッチ姿の悪役を楽しげに演じてみせる。裸の王さま、ここにあり。50億円もの借金を抱えている男とは、到底思えない。
お蔵入り状態のメイキング映像の存在を知り、一本のドキュメンタリー映画に仕立てたのは、『アジアの純真』(09)や『いぬむこいり』(17)などエッジの効いたインディーズ映画を放ってきた片嶋一貴監督。アダルト業界で脚光を浴びた村西とは、直接的なつながりはない。それゆえに客観的な立場から、村西という男の面白さ、タフさを浮かび上がらせていく。
北海道でさんざん苦労した超大作Vシネマは『北の国から 愛の旅路』というタイトルで何とか完成するも、50億円という多額の借金の前では焼け石に水だった。このシーンで、甘粕正彦の辞世の句が紹介される。
「大ばくち 身ぐるみ脱いで すってんてん」
甘粕正彦は「満州国」建国の際に暗躍した軍人。ベルナルド・ベルトリッチ監督作『ラストエンペラー』(87)では、坂本龍一が甘粕役を演じたことでも知られている。甘粕は満州映画協会(満映)の理事長を務めた映画人でもあったが、終戦直後の1945年8月20日に服毒自殺を遂げた。幻の満州国をつくった男と幻のアダルト帝国を築いた男の生き様を、片嶋監督は映画の中でクロスさせてみせる。
軍人とAV監督とではジャンルがまるで異なるが、どちらも途方もないスケールの夢を抱き、それを実現しようと試みた。誰にも忖度することなく形容するならば、2人は大のロマンチストだった。幻に終わった王国のことを想うとき、人は少しだけセンチメンタルになる。
映画の終盤、インタビューに答える現在の村西のコメントが奮っている。あの丁寧な口調で、村西はこう振り返る。
「50億の借金を抱え、前科7犯の私が言うとお叱りを受けそうですが、本当にラッキーな人生だったなと思います」
幸せな人生を送った人は、実は人生の半分しか楽しんでいない。なぜなら、幸福と不幸の両方を体験しなければ、本当の人生を味わったことにはならないからだ。絶頂とどん底の両方を満喫した村西は、人生という名のフルコースを味わい尽くした男だといえるだろう。
70歳を過ぎた村西は、まだ再起を諦めていない。バブル期にある中国で、アダルト産業を興すという野望を抱いているそうだ。村西はアダルト版「満州国」の建国を夢見ているのかもしれない。
(文=長野辰次)
『M 村西とおる 狂熱の日々 完全版』
監督/片嶋一貴 プロデューサー/丸山小月
出演/村西とおる、本橋信宏、玉袋筋太郎、西原理恵子、高須克弥、松原隆一郎、宮台真司、片岡鶴太郎、卑弥呼、桜樹ルイ、乃木真梨子、野坂なつみ、沙羅樹、松坂季実子、黒木香
配給/東映ビデオ R15+ 11月30日(土)よりテアトル新宿、丸の内TOEIほか全国順次公開
(c)2019 M PROJECT
※11月30日(土)丸の内TOEI2、12月7日(土)福岡中洲大洋映画劇場、12月13日(金)アースシネマズ姫路、12月14日(土)テアトル梅田、12月15日(日)名古屋シネマスコーレにて、村西とおる舞台挨拶ツアーを予定。https://m-kyonetsu.jp
Source: 日刊サイゾー